合田大智 (Meguru) / 鹿角フォーク (GD_003) レターパックライト発送可

販売価格 33,000円(本体30,000円、税3,000円)
型番 GD_003
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鹿角の柄(え)のテーブルフォーク

茶色の表面と、乳白色の内部のコントラストが美しく、叩かれた真鍮の鈍い金色と調和している。柄尻にも真鍮を配しバランスのよい使用感である。カトラリーに適した柄(え)の部分は、一本の鹿の角から多くとも1〜2本しか切り出せないという。

【サイズ】 4.8 cm X 20 cm 【 重量 】103.1 g
【素材】 真鍮、鹿の角

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【作家紹介】

「自分より才能のある人は大勢いる
 自分が作る、作っていいのかという気持ち
 自分は何も作る必要はないのではないか」

新潟の中山間地域に合田大智氏を訪ねたおり、製作の契機を語った氏の言葉です。

「自ら狩猟で得た動物の骨、角、皮を使うならば、何かを作り始めても良いのではないか」

生まれ育った東京で、ものが溢れていると思った時の体験談をはじめ、
丁寧に言葉を選び、必然性について穏やかに話す合田氏は、
獣を素材に使うに足る自身であろうとしているように見えました。

作り手となる必然性にこだわる合田氏の作品は、
角をハンドル材にしたカトラリー
頭蓋骨の形どりが原型の器
角の切断面にある放射状の模様を光に見立てたオブジェなど、野生の鹿が素材となっています。 
鹿の角は、自身の獲物のほか、有害鳥獣駆除を行う方から譲り受けるのだそうです。

「 私の周りには、駆除ということをしながら、それがより良いものになって世の中に還元されていくことを願っている方もいます。生き物を殺していることに自覚的で、殺しているのだから、できるだけ丁寧に処理して美味しく食べたいという気持ちや、角や革をよく使いたい、もしくは自分では作れないので人に託しても良いと思っている人がいます。」

合田氏の言葉は、獲物が山からの授かりものであった時代に、この国で山を敬い、山言葉を話し、作法に則って獣を狩る人々がいたことを思い出させてくれます。自然の脅威が今よりも日常的であった昔、遊猟ではない命のやり取りをする山が神聖な場であったことは想像に難くありません。

山の恵みが害獣となる現代で、狩猟や養蜂をとおし、かつての神聖な場であった山野に親しむ合田氏。
その作品は、
狩り、締め、捌き、食べる
食べないものは、加工し、使い、引き継ぎ、伝えるーーーー
昔も今も、人の生活は、いただき巡らせる活動に他ならないことを知らせてくれます。

そして、獣を殺すこと、ひいては数多の死が生活の基盤にあることを分かって暮らす氏の作品に、
過剰な静謐はありません。

また、狩りは生活の一部であり、狩ったものを余すとこなく使おうとする姿勢は生活から突出せず、よって、氏の作品に矛盾はありません。そして、特筆すべきことに、現代の街で生きる他者のへ否定もありません。

自然に対して畏敬の念を抱くのでなく、同じ地平に立つ同等のものとして、
循環の一部で在ろうとする氏の作品は、自然への欽仰です。

個々の作品名をお訊きすると、困っておられたのは、
合田氏の製作という行為は、欲求の先にある願いとは別の、祈る行為そのもであるからのように思います。

お宅にお邪魔し、丁寧にこしらえた、鹿肉とスコーン、コリンキー(南瓜の一種)のサラダなどをご馳走になった時に感じたのは、食欲や味覚以外のものまでが満たされる深い満足感でした。もてなして下さった合田夫妻と食卓にあるものへの感謝、そして、死と生活の連続とも言うべき大きな循環に加わっているという曖昧な感覚が、豊かさとなって満ちたのだと思います。

命を奪い、活かし、糧とする氏の作品が、人の目に触れ、手に渡り、巡ることを願ってやみません。

WALL 店主


【 合田大智 (ごうだ だいち) / Daichi Goda 】
東京都出身
大学で建築を専攻し音響関連会社に就職。養蜂を志して栃木に移住し、養鶏業に従事しながら養蜂を学ぶ
その後、新潟や滋賀に転居するなかで狩猟を始め、創作に至る
2021年現在、季節に合わせ養蜂、狩猟、製作を行い「 meguru 」を標榜し国内外で展示
新潟県在住